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北の山小屋へようこそ♪
ここはいわゆる
「おまけ(隠し!?)ページ」です。

団長(指揮者)の独り言などなど、
随時掲載しております。。
■2019年3月13日

 3月10日(日)、楽団結成20周年となった定期演奏会「北山スプリングコンサート20」が終了しました。ご来場いただきましたお客様に改めて御礼申し上げます。

 20周年だからと言って、特別なことがあったわけではありません。雨降りの中で例年のようにたくさんのお客様に来ていただき、演奏を楽しんでいただきました。過去に退団した人たちが遠方からもお手伝いにきていただき、再会を喜びました。結婚や就職で遠方に行く人たちが今年も4人ほど楽団を卒業していき、別れを惜しみ前途を祝しました。演奏会終了後は、降る雨に春の気配を感じながら撤収作業。例年通りと言えば例年通り、サラッと演奏会当日が過ぎたように思いました。

 しかし、20回の定期演奏会を経験してきて、今回の定演でいつもと違う点を感じることもできました。それは演奏すること自体が楽しかったと思える気持ちが増えた点です。極端な表現をすれば、曲を止めまいと必死に棒を振っていることから、次のフレーズで奏者がどんな音を返してくれるのかを楽しみに振れることへの変化です。少なくとも私はそんな風に感じました。コンサート自体は淡々と過ぎ去ったかも知れませんが、ひょっとして、この事が20周年「記念」なのだとしたら有難いです。(春の一夜の夢なのかも知れませんが…)

 実行委員チームが中心になって進めてきた演奏会のさまざまな準備もうまく運んだ分、サラッと進んだように思えます。水鳥は、水面上では涼しい顔で浮かんでいるように見えていても、実際には水面下で懸命に脚を動かしている、あの感じでサラッと演奏会当日まで過ぎたのだと思います。相当に長い期間、本当にお疲れさまでした。

 総じて楽団が円熟し、丸みが出てきたということならば、これからもそれを団員みんなで育てて行きたいと思います。21年目も、どうぞよろしくお願いします。

■2018年8月9日

 8月5日にコンクール出場しました。銀賞をいただきました。出演者の皆さん、暑い中、本当にお疲れさまでした。

 「危険な暑さ」という言葉が定着した今年の夏。7月10日の梅雨明けからコンクールまで、連日の異常高温が続きました。今日は、コンクール京都府大会の最終日です。台風の接近もあって少し暑さが和らぎ、夏の盛りを過ぎた感じがします。気持ちとしては、少し寂しくもあり、心に小さな穴があいたように感じる数日を過ごしました。

 そんな少年時代のような心情に浸れるのも、吹奏楽をやっている者の特権なのでしょう。この歳まで続けていられる幸せを噛みしめています。そして同時に、リハーサルがあと2回あったらこんな風にできたのにとか、本番の演奏がこうなるんだったら練習ではここに気をつけて入念にやれたのにとか、いわゆる「あと知恵」にさいなまれてもいますが、365日のうちたった1日でも、これだけのインパクトのある影響を受ける体験ができることがそもそも幸せなことです。

 練習では一度も起こらず、本番だけで起きた演奏というのが随所にあります。主として失敗の方が多いのが悔やまれますが、これって音楽だけじゃなくて演劇でもスポーツでもあることでしょうから必然の現象だと捉えるべきでしょう。。その現象を駆逐して練習通りやれることを目指すことは無意味かも知れません。それが良い方に多く現れるようになった時、本番特有の雰囲気を味方につけられたということだと思います。そうなるためには、やっぱり日頃の練習で音の会話を濃密に成立させておかないとね。コンクールを中心に考えるならば、そのための1年間がまた始まるのだと思います。

 このページに書いてある昨年と一昨年のコンクール後の独り言を改めて読んでみました。いつまでも前の文章を置いておかないで削除整理しようと思ったからです。しかし、私自身の考え方に少しの変化も生じていないことに気付き、もう少し掲載しておこうと思いました。

 今年の打楽器搬入降荷は6分台、搬出積込は8分18秒だったそうです。大幅な記録更新!今年のコンクールを機に退団するという人は一人もいません。外部からの応援メンバーなしで出場していますので、まさにコンクールメンバーで次の練習がスタートできます。そして事情があってコンクールに出られなかった人達もこの後復帰してきます。コンクール本番直前の楽器置場で次の本番の譜割りをやっていたパートもありました。次の練習、8月11日から来年に向けてスタートします。

 
■2018年3月8日

 今年もスプコンが終わり、春が来ました。毎年続けて来ていただくお客様がたくさんおられます。私達とお客様が音楽を通して繋がりを深めて行けることに幸せを感じています。スプコンで春が来ると思っていただけている方々が年々増えていくのがうれしいです。

 今回、出演者数は「語りのおねえさん」を含めて60名でした。演奏者は全員が団員、語りのおねえさんも元団員です。いわゆる「エキストラ」の出演はありませんでした。リハーサル前にひな壇を組んで椅子や譜面台を並べてみたところ、ステージ上がかなりの人口密度になっていることに改めて気付き、配置に苦心する一幕もありました。

 これまでの演奏会でもエキストラをお呼びすることは極めて少なく、そうした状況で演奏会を開催できることは、一般吹奏楽団としては誇りに感じ、喜ぶべきことだと思います。本当の自分たちの実力を聴いていただくことができます。日頃の練習の延長に本番があり、楽団のカラーも充分に出し切ることができます。 しかし、一方で団員以外の上手い奏者と一緒に演奏して刺激を受ける機会がなくなる、他団体との交流の機会が少なくなり、視点が内向きになるといった不都合もないわけではありません。

 他団体の演奏に触れる機会を積極的に増やし自分たちの演奏と比べて良いところを学ぶ姿勢を意識して保つことが大切だと思います。合奏全体から学ぶことも多いでしょう。そして、単純にパートの音、演奏を聴こうとするだけでも、大変多くの材料が転がっていると思います。

 少し考えて演奏するだけで随分違う演奏になります。大人数の合奏で、みんなが少し変われれば、聴衆に届く演奏に大きな印象の差が生まれると思います。そんな風に変われる可能性を秘めた京都北山吹奏楽団が本当に変われる一年が始まります。

■2017年8月10日

 今年の京都府吹奏楽コンクールが終わりました。「銀賞」をいただきました。

 昨年も書きましたが、金賞を受賞した団体と我々とではその演奏レベルに歴然とした差があります。昨年は「銅賞」でしたが、今年「銀賞」になってそのレベルの差が縮まったのかと言えば、どうなんでしょうか。それでも、本当に楽しかったです。課題曲も自由曲も演奏していて面白かったです。いい加減に練習したつもりはありませんが、改善したいと思う所は本番が終わっても山盛り残してしまいました。審査員の講評に書かれていることは納得のいくものばかりでした。それでも、きたやまの演奏が好きです。そして、何よりうれしいことは、昨年「銅賞」をもらった後で楽団にイヤな変化が起こらず、それまで通りにコツコツと今年のコンクールまでやって来れたことです。銅賞を機に、コンクール出場をやめようという議論も全くありませんでした。私は楽団の創立時からコンクールを賞争いの場として捉えるのではなく、自分たちの活動の成果を演奏面から客観的に評価してもらう機会だと捉え、しかも2曲の練習だけに集中して取り組むことで音楽への理解を深められるチャンスだと考えてきました。コンクールも他の本番も演奏会としては同等に大切にしたいと思ってきました。コンクールで得たものを他の演奏会に活かし、他の演奏会で培ったものをコンクールで出し切る。コンクールを特別扱いしない。そのことが楽団全体で共有されていることが感じられた一年です。

 賞争いが悪いことだと思っているわけではありません。賞が争える程の実力を血のにじむような練習を乗り越えて身に着け、すばらしい音楽を奏で、それまでの苦しさが一瞬にして喜びに変わる結果発表の瞬間。すべてが報われた深い喜び。その得難い喜びを味わうことを否定することなど誰にもできません。仮にきたやまが金賞代表に選ばれそうな事態になった時、私だってそこから逃れようとは考えないでしょうね。もっとも関西大会に行くことになったら、職場の休み調整とか遠征の段取りとかたちまち大混乱が起こるでしょうけれども。ただ、きたやまは、それを求めて創立された団体ではありません。それなら、きたやまの存在意義って一体何処にあるのでしょう。

 プロ級の、場合によってはプロを超える演奏力を持ったアマチュア団体があります。極端な話になりますが、もしも仮にそんな団体しかこの世に存在する意義がないとするなら、アマチュアが演奏をして音楽を楽しむこと全てが無意味だということに繋がると思います。そんなこと誰も思わないでしょう。だからこそ本当に数多くのアマチュア団体が現に活動しているのです。それぞれが演奏の向上を目指して練習しています。演奏の向上を目的としない練習なんてありませんからね。その中でのきたやまの存在意義を考え、答を探そうとするわけです。

 職域・一般では吹連加盟団体の半数未満しかコンクールに出ていません。数多くの大学があり、「大学の街、京都」と言われているのに、コンクールに出場してきた大学は今年わずか3大学でした。こんなに色んなことを考える機会を提供してくれるイベント、他にありません。他の団体ももっとコンクールに出てくれば良いのにと思います。

 他の本番と同じだと叫びつつ、どこか違う「コンクールの魔力」みたいなのも確かにあります。これとどう向き合うのか。「決して入れ込まないで。これから舞台上では何事も起こりませんから。起こるのは、ただ出した音がホールに響いて行くだけ。楽しんで演奏しよう。」木管チューニングルームで私が言ったことです。さあ、自分の音を響かせようと思ってくれたら良し、自分の音が響いてしまうのか、どうしようと思うなら、音なんて出すな。いや、言い過ぎました。

 きたやまはスクールバンドではないので、自分たちの練習環境を整えることも重視しています。みんなで音楽を楽しむことは環境を整えることから始まると思います。草野球チームならグランド整備から始まる。新入部員がキャリーをし、3年生は演奏に力点を置く、ということは市民バンドでは有り得ません。今回のコンクール、トラックから会館般入口への打楽器搬入時間は8分、搬出時の積み付け時間は9分49秒だったそうです。これ、かなり速いですよ、きっと。こんなの計って競って何の意味があるんですか?団員みんなで音楽を作ることはここから始まる、きっとその象徴みたいなものです。

 環境整備から始めて、どこへ行くのか。そりゃ、やっぱりいい演奏がしたいです。自分たちが喜ぶと同時に、聴いて感動してくれる人の数を増やしていく。トラックの積み付けをいくら速くしようと思っても、コンクール前の短期間では、ここまでのタイムは出ないです。これ全国レベルです。18年間やってきて今の結果がある。誰か一人だけが積極的なだけではできません。多くの人がその意味を理解し、積極的にやる人が出てきて初めて速くなります。演奏面でも、どんな音を出したいのか、どんな演奏に近付けて行きたいのか、団員の意欲が湧き出てくることが絶対に必要です。自分が下手だと消極的になることに何の意味もありません。それよりも、どんな音に憧れるのか、どれくらい強い憧れなのか、それを合奏練習で他の団員にどんなふうに聴かせたいと思うのか。これがもし希薄なら、そのことを一番最初に改善すべきです。演奏のうまい人はそれで終わらず、団内の憧れの演奏者になってほしいです。学校の時、クラブの中に憧れの先輩、あんな演奏ができるようになりたいと思う先輩、いたじゃないですか。あれです。そして、憧れを抱いて練習する奏者、憧れられて自らも憧れを抱いて練習する奏者、相互の年齢に関係なく良いものを良いと感じ取り、盗もう、近付こうとする気持ちは憧れがベースにならないと苦痛に繋がると思います。練習を通じてそんな気持ちを誘発するのが指揮者である私の大きな役割です。団員になるまでの音楽経験が千差万別の市民バンドではとても難しいことだと思います。ですが、だからこそ、がんばらなければなりません。

 きたやまは1999年4月に生まれて、ただいま18歳。成人式まで後2年を切りました。ここに書いたことやきたやまが誕生した時に思い描いた理想像が現実のものになって成人式を迎えたいと思います。一週間仕事して、勉強して、週末きたやまのメンバーに会って合奏して、お互いのアドバンスを認め合って喜び合い、信頼関係の中で何事にも代えがたい時間を過ごし、だからこそ金曜日になるとそわそわし、土曜に仕事を積まれると上司を殴りたくなって、そんな積み重ねで作った演奏を聴衆に聴いてもらって感動していただける、こうなれば、きたやまの市民楽団としての存在意義が揺るぎないものになると思います。

 コンクールが終わってみて、考えたことです。いや、コンクールが考えさせてくれたことです。やっぱりコンクールは面白い。

 

Kyoto Kitayama Wind Band